現代木質構造によるサステナブル建築:CLT、LVL等の技術と環境性能評価
サステナブル建築における現代木質構造の重要性
近年、地球環境問題への意識の高まりとともに、建築分野においてもサステナビリティへの貢献が強く求められています。その中で、再生可能な資源である木材を用いた建築、特に高度な加工技術により開発された現代木質構造材への注目が高まっています。従来の木造建築のイメージを超え、中高層建築や大規模空間への適用も可能となった現代木質構造は、建築のサステナビリティを向上させる重要な要素として位置づけられています。
本稿では、建築分野の専門家に向けて、サステナブル建築を実現する上での現代木質構造の可能性を探ります。主要な構造材であるCLT(直交集成板)やLVL(単板積層材)等の技術的な側面に焦点を当て、その構造特性、設計上の留意点、そして環境性能評価における優位性について詳細に解説いたします。
主要な現代木質構造材料とその技術
現代木質構造を支える主要な材料には、CLT、LVL、そして大規模集成材などがあります。それぞれの材料は独自の製造技術と構造特性を持ち、多様な建築ニーズに応えることが可能です。
CLT (Cross-Laminated Timber)
CLTは、ラミナ(ひき板)を繊維方向が直交するように積層し、接着剤で圧着して製造される木質パネルです。この直交積層構造により、CLTは面材としての高い強度と剛性を持ちます。床版、壁、屋根材として一体的に使用することで、高い構造安定性を実現し、ブレースなどを使用しないシンプルな構造設計を可能にします。
- 製造プロセス: 乾燥したラミナの方向を90度ずつ変えながら重ね、強力なプレス機で接着・圧着します。パネルサイズは比較的大きく製造でき、プレファブリケーションによる工期短縮に寄与します。
- 構造特性: 面内せん断剛性が高く、耐震・耐風構造の主要な要素となります。また、厚みがあるため優れた断熱・遮音性能を発揮します。耐火性についても、表面が燃焼しても内部に炭化層を形成し、構造耐力を保持する性能が期待できます。
LVL (Laminated Veneer Lumber)
LVLは、単板(ベニヤ)を繊維方向がほぼ平行になるように積層し、接着剤で圧着して製造される構造材です。単板の積層により、節などの欠点が分散されるため、無垢材に比べて強度性能のばらつきが少なく、均一な品質が得られます。
- 製造プロセス: 丸太をかつらむき状に切削して得られる単板を乾燥させ、繊維方向を揃えて重ね合わせ、接着剤を用いて加熱・加圧します。長尺材や幅広材も製造可能です。
- 構造特性: 曲げ強度や引張強度が高く、梁や桁、柱などの軸材として適しています。集成材に比べて強度性能を高く設定できる場合が多く、断面寸法の縮小やスパンの拡大に寄与する可能性があります。
大規模集成材 (Glued Laminated Timber - Glulam)
大規模集成材は、ラミナを繊維方向が平行になるように積層し、接着した構造材です。乾燥したラミナを使用するため、反りや割れが少なく、長尺材や湾曲材など、設計の自由度が高い形状を製作できます。現代木質構造における柱や梁として広く用いられています。
- 構造特性: 比較的大きな断面を自由に形成できるため、大空間構造の実現に不可欠な材料です。強度性能はラミナの等級や構成によって調整可能です。
構造設計上の考慮事項
現代木質構造の設計においては、材料特性を十分に理解し、以下のような点に特に留意する必要があります。
- 強度・剛性評価: 各材料の基準強度や剛性に基づいた正確な構造計算が必要です。CLTやLVL固有の挙動(例: CLTの直交方向の剛性、せん断変形など)を考慮した設計手法が求められます。
- 接合部設計: 木質構造の性能は接合部の設計に大きく依存します。高強度の接合具や工法を選定し、荷重伝達メカニズムを明確にすることが重要です。特にCLTパネル間の接合や、木材と異種材料(鉄骨、RCなど)との接合は詳細な検討を要します。
- 耐火設計: 木材は燃焼しますが、炭化層を形成することで内部の温度上昇を抑制し、構造耐力を維持する特性があります。設計においては、要求される耐火時間に応じた部材断面の確保(燃えしろ設計)や、石膏ボードなどによる被覆を行う等の手法が用いられます。準耐火構造や耐火構造認定に関する最新の法規や技術基準の把握が不可欠です。
- 防腐・防蟻対策: 木材の耐久性を確保するため、適切な防腐・防蟻処理や、雨仕舞い、換気計画など、設計段階からの対策が重要です。特に湿潤しやすい部位や、地盤からの距離などに配慮が必要です。
- 施工性: 現代木質構造はプレファブリケーションとの親和性が高く、工場で部材を加工し、現場で組み立てることで工期短縮や品質確保が期待できます。設計段階から施工方法を考慮し、現場での納まりやクレーン等の搬入・設置計画を検討することが望ましいです。
サステナビリティと環境性能評価
現代木質構造がサステナブル建築において重要な役割を果たす根拠は、その環境負荷の低減能力にあります。
- 炭素固定効果: 樹木が生長過程で大気中のCO2を吸収し、炭素として幹に固定します。木材が建築材料として使用されている間、この炭素は構造体の中に貯蔵され続けます。これは「炭素固定効果」と呼ばれ、地球温暖化対策に貢献する重要なメカニズムです。
- 再生可能性: 適切な森林管理(持続可能な森林経営)のもとで伐採された木材は、植林と成長によって資源が再生されます。これはコンクリートや鉄鋼といった非再生資源に対する大きな優位性です。森林認証制度(FSC、PEFCなど)によって認証された木材を選択することで、持続可能な森林利用を促進できます。
- 製造時のエネルギー消費: 木質構造材の製造プロセスは、コンクリートや鉄鋼の製造と比較して一般的にエネルギー消費量が少ない傾向にあります。
- ライフサイクルアセスメント (LCA): 建築物の全生涯(原材料調達、製造、建設、運用、解体、廃棄/再利用)における環境負荷を定量的に評価するLCAにおいても、木質構造は有利な評価を得やすいとされています。炭素固定効果や製造時の低エネルギー消費などが寄与します。
- 環境性能評価システム: CASBEE(建築物総合環境性能評価システム)などの評価システムにおいて、木材の利用や木質構造は、材料のLCA評価や生物多様性への配慮といった項目で加点の対象となることがあります。
コストと施工に関する視点
現代木質構造は、材料コスト、加工コスト、施工コストなど、いくつかのコスト要素を持ちます。初期の材料コストが他の構造材と比較して高くなるケースも見られますが、プレファブリケーションによる現場工期の短縮や、軽量であることによる基礎構造の簡略化、断熱性能による運用段階のエネルギーコスト削減などを総合的に評価する必要があります。
施工においては、大型パネルや部材の搬入・楊重計画、高精度な加工による現場での組立効率の向上などが重要なポイントとなります。専門知識を持った施工業者との連携が不可欠です。
まとめと展望
現代木質構造材であるCLTやLVL等は、従来の木造建築の概念を刷新し、構造性能、設計自由度、そして最も重要なサステナビリティの観点から、建築分野に新たな可能性をもたらしています。炭素固定効果、再生可能性、製造時の低環境負荷といった特性は、地球環境に配慮した建築の実現に不可欠な要素です。
専門家としては、これらの材料の構造特性、設計手法、関連法規、そして環境性能評価の手法について深く理解することが求められます。コストや施工の課題も存在しますが、技術の進化やサプライチェーンの整備により、今後さらに普及が進むことが予想されます。
サステナブルな社会の実現に向け、現代木質構造を積極的に設計に取り入れ、自然と共生する豊かな建築空間を創出していくことが、建築設計事務所に課せられた重要な使命であると言えるでしょう。